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欲望の果てから舞い上がる
何かを切実に望んでいたのに、その欲望そのものが溶けて消え、まったく違う状態へと変容していく経験をしたことはありますか?スクリャービンのピアノソナタ第4番第2楽章を初めて聴いたとき、私はそんな瞬間を思い浮かべました。
ゆっくりと沈潜していた第1楽章の最後の音が空気の中で震えているとき、突然—本当に突然—鍵盤の上に速い音たちが飛翔します。まるで地面に足をつけて立っていた人が、ある瞬間重力を忘れて空へ舞い上がるように。スクリャービンはこの第2楽章に「プレスティッシモ・ヴォランド(Prestissimo volando)」という名をつけました。「飛ぶように速く」という意味です。
短いのです。わずか2分ほど。しかしその短い時間の中で繰り広げられる音楽的体験は、まるで星の光から太陽へ、欲望から神性へと跳躍する魂の変身のようなものです。この文章は、その変身の瞬間を共に見つめようとする小さな招待状です。
神秘主義者スクリャービン、そして1903年の記録
アレクサンドル・スクリャービン(1870-1915)は、ロシアが生んだ最も独特な作曲家の一人です。ショパンの叙情性を受け継ぎましたが、彼は単に美しい旋律を書くことに留まりませんでした。スクリャービンは音楽を通じて宇宙と合一しようとする神秘主義者であり、自身のピアノ作品の一つひとつを精神的旅路の記録のように作曲しました。
ピアノソナタ第4番 Op. 30は1903年に作曲され、1904年に出版されました。スクリャービンの初期ロマン的様式から中期神秘主義言語へと移行する境界に立つ作品です。彼はこの曲に自身が書いた詩を添えました:
「遠い星の光が私を呼ぶ。私の心の一片はその星に向かって舞い上がる...
狂おしい踊り、神のような戯れ!恍惚として輝く方よ!
あなたに向かって私は飛翔する。私は太陽となってその光を飲み込む!」
この詩は曲の構造と正確に一致します。第1楽章は「欲望と瞑想」、第2楽章は「飛翔と神的合一」。スクリャービンは音楽が単なる音の配列ではなく、意識状態そのものを変える呪術だと信じていた人です。ですから、彼のピアノソナタを聴くということは、単に美しい旋律を鑑賞することではなく、作曲家が設計した精神的体験の旅に参加することなのです。
この曲はスクリャービンのソナタの中で最も短い部類に属します。全体の演奏時間は約8分。第1楽章(アンダンテ)と第2楽章(プレスティッシモ・ヴォランド)、わずか二つの楽章で構成され、両楽章は休みなく続きます。その短い時間の中に宇宙的ドラマを圧縮して込めたという点が驚異的です。
プレスティッシモ・ヴォランド - 音で築く飛翔の設計図
第2楽章プレスティッシモ・ヴォランドは、形式上はソナタ形式に従っています。しかしスクリャービンの手を経ると、伝統的なソナタ形式も神秘的な何かへと変貌します。
第一主題:上へ、さらに上へ
曲が始まる瞬間、右手が素早く上へと駆け上がります。まるで鳥が羽ばたきで空気を切り裂くように、音たちが階段のように積み重なって上昇します。左手はF#音に固定されているため、下は安定しているのに上は自由に舞い上がるという奇妙な対比が生まれます。これが「飛ぶ感覚」なのです。
スクリャービンはここで伝統的な3度和音の代わりに4度と5度間隔の和音を使用します。だから音が明るくも不安定で、神秘的でありながら力に満ちています。まるで空中に浮いているような浮遊感—あなたが地面を踏まずに空気の中に立っているなら聞こえそうな、そんな響きです。
第二主題:神の足音のように重い権能
第一主題が軽やかに舞い上がるなら、第二主題は雷鳴のように重厚です。低いバスから響き渡るこのテーマは、ほとんど「神的な権能」を連想させます。飛翔していた存在が今や何かもっと大きなもの—宇宙的な力と対峙する瞬間です。
この二つの主題が交互に現れ、混ざり合い、互いを変容させながら曲は次第に高まっていきます。第1楽章の叙情的な旋律が途中で突然登場しますが、今度はもはや静かな瞑想ではありません。その旋律が今や壮大な勝利の合唱のように響き渡ります。
コーダ:太陽を飲み込む瞬間
曲の最後、コーダは頂点です。鍵盤全体を駆け上がり駆け下りる華麗なグリッサンドとともに、全身が震えるような大きな和音が降り注ぎます。スクリャービンが詩で語った「私は太陽となってその光を飲み込む」とは、まさにこの瞬間です。音楽がもはや音ではなく光そのものになるような錯覚。そしてその光の中ですべてが一つに溶け合います。
私がこの音楽で出会ったもの
初めてこの曲を聴いたとき、私は音楽がこれほど物理的であり得ることに気づきました。スクリャービンの第2楽章は単に耳で聴くのではなく、体で感じる音楽です。速いテンポの中で降り注ぐ音たちは、まるで風雨のように私を押し流し、重い和音は胸を圧迫します。
ある日、この音楽は解放のように聞こえました。何かに縛られていたものが突然解き放たれる感覚。またある日は恐怖のように聞こえました。あまりに速く舞い上がっているのではないか、墜落するのではないかという不安。しかし不思議なことに、その恐怖さえも恍惚へと変わります。スクリャービンは、不安と歓喜が同じ根から生まれることを知っていたのでしょう。
第1楽章のゆっくりとした瞑想から第2楽章の飛翔へ移る瞬間、私はいつも息を止めます。その転換があまりに突然で、まるで世界が一瞬止まったような錯覚を覚えます。そして音楽が再び始まるとき、すでに私は別の場所に立っているのです。
この曲を聴くたびに私は考えます。欲望が満たされることが幸福なのではなく、欲望が変容することが幸福なのではないかと。スクリャービンの第2楽章は欲望が叶う物語ではなく、欲望が完全に別の何か—飛翔、光、神性—へと変貌する物語です。だからこの音楽は欠乏の歌ではなく超越の歌なのです。
この音楽をより深く聴くための案内
1. 最初の聴取:エネルギーの流れだけを追ってください
初めてこの曲を聴くときは、細部に気を配らないでください。ただ音楽のエネルギーがどう動くかだけを感じてみてください。曲が始まるときの軽やかな飛翔感、途中で重くなる瞬間、そして最後に爆発する恍惚感。この三つの大きな流れを掴めば十分です。
2. 第1楽章と共に聴いてください
第2楽章だけを別に聴くよりも、必ず第1楽章と一緒に聴いてみてください。ゆっくりとした瞑想から速い飛翔への転換こそが、この曲の核心です。第1楽章なしに第2楽章だけを聴くと、まるで物語の半分だけを読むようなものです。
3. 様々な演奏を比較してみてください
スクリャービンの音楽は演奏者によって全く異なって聞こえます。お勧めの演奏は:
- ウラディーミル・ソフロニツキー (1960):神秘性と精神的深みが卓越しています。まるでスクリャービンの魂が鍵盤を弾いているような演奏。
- イーヴォ・ポゴレリチ (1990):現代的で精緻な解釈。音楽の構造が透明に表れます。
- ウラディーミル・アシュケナージ (1975):バランスが取れた明確な演奏。スクリャービン入門者に最適です。
同じ曲なのにソフロニツキーの演奏は暗く重厚で、ポゴレリチの演奏は明るく鮮明です。その違いを感じることも、クラシック鑑賞の大きな楽しみです。
飛翔は終わらない
スクリャービンのピアノソナタ第4番第2楽章は短いです。しかしその短い時間の中に、私たちは一人の魂が地から天へ、欲望から神性へと飛翔する全過程を目撃します。
この音楽が終わると、あなたは静かな部屋に一人座っているでしょう。しかしどこか変わっているはずです。まるで誰かがあなたの肩を軽く触れたように、ごくわずかな重さが体から抜けたように。スクリャービンはそんな音楽を書きました。聴き終えると世界が少し違って見える音楽。
星の光に向かって舞い上がるということは、おそらくこんな感覚なのでしょう。足が地面から離れ、空気が全身を包み、ついに光と一つになること。2分という短い時間の間に、スクリャービンは私たちにその体験を贈ってくれます。
この音楽を聴くとき、あなたも共に舞い上がることを願っています。






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